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Staff Story03 NPO法人ヒューマンフェローシップ 三浦真弓

責任部署の事業・活動について。特別な個性や特徴を強みとして、日々寄り添う
私が所属している部署は、NPO法人ヒューマンフェローシップです。
生きづらさを抱えた若者の精神的・物理的な段階的自立の機会として共同生活の場を提供し職場適応支援、生活支援及び相談業務です。
若者たちがよりゆるやかに一般社会において自立するための機会を獲得することを目的としています。
彼らの「壁」になっているものは何か?を丁寧に紐解いていくうちに、もともと持って生まれた特別な個性や特徴を自分自身が理解していないことや、周りにも理解、受容されていないことが明らかになってきました。
小さい頃から学校に通いながらも実は授業についていけず、「わからない」ことを恥ずかしくて言えずに隠したり、友達に嫌われたくなくてニコニコその場にいるだけしかできなかったり、言葉で気持ちをうまく伝えられず、万引きや軽犯罪などを繰り返す行動で表出したり・・・。
実は、そういった行動や言動が性格や根性の問題ではなかった時に、彼らの自立の手段として福祉的サポートが必須となりました。
まずは、安心して仲間と暮らせる住まいがあることを最初のとっかかりとしてGHヒューハウスを立ち上げ、次に課題があっても環境設定や工夫で能力を発揮しやすい就労の継続を支える就労継続B型事業所フェロップを必要に応じて立ち上げてきました。
私は、2つの事業所のサービス管理責任者を兼任しています。
看護師、精神保健福祉士として医療や福祉のつなぎ役として社会で楽しく生活・就労できるように日々寄り添えればいいなと思っています。
K2で働くきっかけ。「いつでも」「どこでも」「どこまでも」

20代の時に、ワーキングホリデーで行ったNZでK2を知りボランティアスタッフとして共同生活をしたことがきっかけです。
その後、横浜で社員として働いていたのですが、当時の私は、彼らの状況把握すらままならず、なぜ登校拒否になりまた引きこもってしまうのかさっぱりわかりませんでした。そんな中で彼らのメンタル面と正面切って対峙することなど到底できず、毎日無力感に苛まれていました。
そこで、メンタル面がわからないならせめて身体面だけでも把握したいと思い至り、遅ればせながら看護学校に入学し看護師として病院で働きその後K2へ再度「出戻って」きたのです。
それからは、怒涛のように身体面での相談を受けることが多くなり、当たり前ですがメンタル面と身体面は密接に相関関係があることを実感として感じるようになりました。自身についての問題・課題も一緒に考え行動する機会が飛躍的に増え「自分事」として対峙することができるように変化しました。
その他に福祉的なサポートが必要な若者もどんどん増え、ここでもまた必要に迫られた形で精神保健福祉士の道を歩み始めました。
現在、「いつでも」「どこでも」「どこまでも」をモットーに?フットワークを軽くして、自分の中に遊び(余裕)を作りながら働くようにしています。

仕事で大事にしていることや、思い。「ハッピー」な時をどれだけ一緒に過ごせるかが大事
大事にしていることは、言葉だけで判断しないということでしょうか。
本当は、どうなりたいと思っているのか?
考えて行動を見ながら、関わるようにしています。
K2の中には、クリスチャンであろうがなかろうが神の共働者として働くというK2語録があります。
自分の力やチームの力だけではどうすることもできない事態が頻繁に起こるのですが、私は私の力で働いているのではないと思うと、安心します。
また、対人支援は24時間365日なのでONのままOFFをし、OFFのままONするというのは意識して大事にしています。
働く上で、持続継続するのは事業だけでなく個人としても必要だと感じているからです。

対人支援に「ハッピーエンド」はない。「ハッピー」な時をどれだけ一緒に過ごせるか、その瞬間に立ち会うことができるか、また、仲間と一緒に作れるかは自分の中で働く上で大事にしていることの1つです。
また、支援から縁を支える「支縁」という言葉、出会った「縁」を大事にしていきたいと思っています。
今悩んでいる方へ。どうにかしたいと思う気持ちは、回復の一歩
困っていて、悩んでいて、どうにかしたいと思う気持ちがあればすでにそれが「自分を助けたい」ということになっているので、回復の一歩だと私は思います。
イライラして暴言を吐いたり、暴力を奮っていても本当の気持ちはどうなのかな?と思うのです。
一番、聞きたくない言葉を自分の耳が一番最初に聞きそれが脳に「誤作動」を起こして自分を責め、耐えられなくなり行動に至る、そんな悪循環が起きているような気がします。
K2では、そういった状態をひとりで抱え込まずに、似たような状況にある仲間と一緒にシェアしていきます。
自分だけで苦しまなくてもよいのだとふっと何かが解けたとき、そこに「つながり」が生まれ回復の一歩になるのではないでしょうか。
profile
三浦真弓 1973年3月生まれ
1998年5月にNZのコロンブスボランティアスタッフが出会いのはじめ。
帰国後、横浜の「お好み焼きころんぶす」で社員として働くが退職。
紆余曲折あり、2008年3月から現在、横浜事務局で勤務。

前職はバスガイドを4年、看護師を8年経験。

2008年3月からNPO法人ヒューマンフェローシップ所属。
グループホームと就労継続B型事業所のサービス管理責任者を兼務。
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